あなたは「科学的根拠」や「エビデンス」といった言葉を聞いたことはありますか?もしあなたがトレーナーや医療関係者、もしくは研究者であれば、おそらく知っているでしょう。

私がアスレティックトレーナーとしてスポーツ選手と関わったり、一般の方に運動指導を行うなどの活動の中で常に意識している考え方がこの「科学的根拠(エビデンス)に基づく医療と実践(Evidence-Based Medicine & Practice=EBM & EBP)」です。

今回は、この「科学的根拠に基づく医療と実践」とはなんなのか?を、いくつかの文献を参考にしながら、私が考えるEBM/EBPをお伝えできればと思います。


>>参考文献はこちらです。

what-is-evidence-based-medicineEvidence-Based Medicine: What Is It and How Does It Apply to Athletic Training?
Journal of Athletic Trainingに2004年に掲載された、アスレティックトレーニングという学問の中での「科学的根拠に基づく医療って何?」の一番基本となる論文です。

evidence-based-practice-articleTransforming Health Care from the Inside Out: Advancing Evidence-Based Practice in the 21st Century
EBM/EBPについてのもう1つの論文です。NATAのEBMページでも紹介されている論文なので、トレーナーの方は知っておくべき内容です。

科学的根拠(エビデンス)に基づく医療とは?

まず、この質問にお答えします。参考文献の言葉を引用します。

Integration of the best research evidence with clinical expertise and patient values to make clinical decisions

evidence-based-medicine

これを僕なりに和訳してみると「”最新の研究のエビデンス”・”ケアを行う人の実際の経験や専門知識”・”患者の好みや価値観”の3つすべてを統合させて、一番ベストな決断を行うこと」となります。

患者さんを第一に考えることは当然として、診断・治療・予防などの方法を、臨床的に適切な研究の結果(=信用できる情報)をふまえて行うこと。10年前に正しいと言われて行われていたことが、現在は逆によくないことである、となることは珍しいことではありません。自分が行なっている治療の方法や予防プログラムは本当に適切なのか、を最新のエビデンスを調べた上で、自分の過去の経験などもふまえ、目の前の患者にとってのベストな選択肢を考え、与えることを「科学的根拠に基づく医療と実践」と言います。

科学的根拠(エビデンス)のみで決断するわけではない

「Evidence-Based Medicine/Practice=科学的根拠に基づいた医療と実践」という言葉を使うとどうしても「エビデンス、エビデンス、エビデンス」と、エビデンス(=本や文献など)のみが強調されてしまいますが、エビデンスのみに頼って決断をするわけではありません。ここをしっかり覚えておきましょう。

「科学的根拠に基づく医療と実践」にとって、エビデンスはあくまでも要素の1つ。あらゆるエビデンスを知ることはもちろん大切なのですが、それをふまえた上で、自分自身(医師・アスレティックトレーナー・ストレングスコーチ・理学療法士などなど)がすでに持っている知識や経験、プラス、目の前の患者さんにとって何が一番大切なのか、という2つの要素を組み合わせて、ベストな決断を行うのがEBM/EBPなのです。

なぜ科学的根拠(エビデンス)に基づく医療と実践が重要なのか?

google-searching

一番の理由は「より良いものを患者さん・クライアントさんに提供するため」ということです。

インターネットが普及した現在、グーグルやヤフーを利用すれば、キーワードさえ入れればすぐに膨大な情報が手に入ります。しかし、膨大すぎるために、どれが正しい情報なのか、見分けがつかなくなっています。

グーグルで検索して一番上に出てきた情報が、必ずしも「正しい情報」とは限りませんし、「科学的根拠に基づいている」とも限りません。あなたが今読んでいる記事は「科学的根拠に基づいている」かもしれませんし、ただの「その人の意見」もしくは「根拠のない推論」という可能性もあります。

大量の情報にあふれている今こそ、正しい情報を見極める能力が必要で、正しい情報を得る方法を知っておくということがとても重要です。検索結果で出てきた、見ず知らずの人がやっているブログの中でなんとなく言った意見を「これが正しい!」と思いこみ、なんの根拠もない方法を、お金を払って自分の所に訪れてくれた患者さんに提供していませんか?これが一番怖いことです。

参考文献にも “Although attractive and easy to use, these search engines often retrieve nonscientific and low-quality information.(たとえ魅力的で使うのが簡単であったとしても、検索エンジンは科学的ではなかったり、質の低い情報を引き出すことが大いにありえる)” と示しています。

科学的根拠/エビデンスを手に入れる方法とは?

正しい情報を手に入れるには、どうすればいいのでしょうか?アスレティックトレーナーとして、スポーツ科学・医学に関するエビデンスを手に入れる方法をお伝えします。

Google Scholar・Pubmedの利用

私が一番多く利用している論文検索サイトが上記した2つです(下記にURLあります)。このサイト内でキーワード検索をすることで、莫大な量の論文が出てきます。中には有料の論文もありますが、かなりの数の論文が無料で読むことができます。

Google ScholarとPubmedの他にも、参考文献の中で紹介されていた検索サイトをいくつか紹介します。

検索サイトの1つ「Pubmed」の使い方をわかりやすく解説した記事を書きました。「Pubmedの使い方|エビデンスレベルの高い英語論文を無料で手に入れる方法」の記事もぜひお読みください。

科学的根拠に基づく医療を現場で実践するための5ステップ

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どのように科学的根拠に基づく医療を実践していけばいいのか。Sackettらが1996年に提唱した5ステップを紹介します。

1)自分の中に生まれた「疑問」を「臨床的に適切な質問」にする

普段トレーナーとして活動するなかで、(この怪我はなんだ?初めて見るな)とか(こういう状況になったらどうすればいいんだ?)といったような疑問が生まれることがあると思います。

そんな疑問を「臨床的に適切な用語を使って」「しっかり質問にする」ことが、自分が知りたい情報を得るために重要となります。適切な用語を使わずに検索をすると、自分が本当に欲しい情報が手に入らなかったり、質の低い情報ばかりヒットしてしまう、といったことが起きます。

自分が欲しい「科学的根拠が示された信用できる情報」を手に入れるために、自分の知りたい情報について特に以下の4つの要素をはっきりさせましょう。

  1. どんな患者か(例. 子供・高齢者・アスリート・20代女性・高校生など)
  2. 治療・トリートメント方法(例. 電気治療・超音波・マッサージ・ストレッチ・運動など)
  3. 比較するグループ(例. 男性と女性・20代と40代・アスリートと一般人など)
  4. 結果(例. 柔軟性アップ・痛みの軽減・ジャンプ力アップ・復帰にかかる日数など)

「臨床的に適切な用語を使った質問」の例はこちら(参考文献より)

Does a preseason functional conditioning program prevent anterior cruciate ligament injuries among women soccer and basketball players?(シーズン前のファンクショナル・コンディショニングプログラムは、女子サッカーとバスケットボール選手たちの前十字靭帯損傷を予防できるか?)

What is the most sensitive clinical test to detect meniscal lesions of the knee?(膝の半月板損傷を発見するための一番感度の高いスペシャルテストは何?)

一度これくらいしっかりとした「疑問文」を作ることで、検索するために適切な言葉(=単語)がわかります。

2)ベストなエビデンスを検索する

つい数十年前までインターネットがない頃は、現場で活動する中で生まれた疑問は、医学雑誌や本や文献を買ったり、図書館で探したり、もしくは人に聞いたりしなければ、答えを得ることはできませんでした。が、今は疑問が生まれた瞬間、スマホで数秒で検索が可能です。本当に素晴らしい時代になりました(笑)

ですが、チャチャッとグーグルで検索して出てきた答えは、何度も言っていますが「信用できる質の高い情報」ではないかもしれません。

よりベター&ベストなエビデンスを得るために、上記した検索サイト(=Google ScholarやPubmedなど)を利用し、1)の適切な言葉を使って検索をした上で、さらに以下の要素を検索に加えてみましょう。

  • 言語(英語の文献が圧倒的に多いので、英語で探すのがベター)
  • 過去5年間に発表された文献(より最新のものを)
  • Randomized Control Trial(より信頼できる研究デザイン)

3)見つけたエビデンスを批評的に判断する

タイトルや要約で(この文献良さそうだな)というのが見つかったら、さらに詳しく読み進めて、その研究・文献の有効性を調べます。ですが、「見つけた研究が本当に信頼できるものなのか」を判断するのはとても難しいです。

「研究の質」を知るには、多くの統計用語について知る必要があるとともに、多くの文献を読む必要があります。統計用語の説明は今回は省略しますが、統計用語を知ることで、より研究の内容や意味を深く正確に知ることができ、自分の現場にも生かしやすくなるでしょう。

数ある統計用語の中の「Sensitivity(感度)」と「Specificity(特異度)」については「膝のスペシャルテスト|前十字靭帯(ACL)編」の記事で解説しているので、ぜひこちらも読んでみてください。

4)自分の現場で使ってみる

自分の疑問の答えを解決してくれる信用できる文献を見つけ、読んだら、実際に自分の現場で使ってみましょう。ですが、たとえ「あるシチュエーションにおいてこの方法はベストです」とその文献に書いてあったとしても、それをその通り自分の現場で使う必要はありません

何度も言っていますが(大事なことなので何度も言いますよ私は!!!)、「科学的根拠に基づく実践」は「エビデンスの情報」だけでなく、「治療家の知識・経験」と「患者の価値観・好み」をふまえてのベストな選択肢を提供すること。エビデンスで示された方法がそのままあなたの現場で使えるとは限りませんし、あなたの患者さんにピッタリとも限りません。

あくまで選択肢の1つとして頭に入れて、それぞれの現場、目の前のそれぞれの患者さんにとってのベストを選びましょう。

5)実践してみたものはどうだったか

自分の現場や患者さんに実践してみたら、その過程や結果はどうだったのかを分析・評価しましょう。

「その方法は自分の現場や患者さんに合っていたか?」「求めていた結果は出たか?」「その方法は患者さんを満足させることができたか?」「どれくらい時間がかかったか?それは求めていたスピードか?」などなど。

いくら、あるシチュエーションにおいてはこの方法がベスト!というエビデンスがあったとしても、自分の現場では時間がかかりすぎたり、コストが高すぎたりなど、合わないことは大いにあります。

 

エビデンスを見つけたら、実際に使ってみる。

そして、自分はそれをちゃんと使うことができるのか。それは患者さんが本当に求めているものなのか。

自分の現場にとってはもっと良い他の方法があるのではないか、というのも考えてみましょう。

ここまでやってやっと「科学的根拠に基づいた医療」を「実践した」と言えるのです。

まとめ

ある日本代表チームのトレーナーがやっている方法だから。あるプロスポーツチームのスポーツドクターがやっていた方法だから。先輩がこういうシチュエーションではこれをやっていたから。

同じ世界で活躍する人がやっていることを参考にすることは、もちろん新しい知識や技術を学ぶ方法の1つです。しかし、それらを全て「絶対正しい」とは思わないようにしてほしいなと思います。ちょっとだけでも疑ってみる。

(この方法は本当に科学的根拠に基づいているのかな?)(もっと良い方法が実はあるんじゃないかな?)と考えるクセをつけ、自分で一度調べるクセをつけ、調べた上で実践してみるというクセをつけてほしいなと思います。

より良いものを、より安全なものを、目の前の人に届けましょう。

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