運動やスポーツをしている最中に起こる、いわゆる大怪我の1つとして有名なのが「前十字靭帯断裂」です。

前十字靭帯というのは膝にある靭帯で、歩いているときや走っているときなど、足を地面に付けるときに膝がグラグラしないように安定させる、とても重要な役割を果たしています。

今回は、トレーナーがスポーツ現場で、選手が前十字靭帯を断裂してしまったかどうかをチェックするスペシャルテストを紹介していきます。

いくつかある前十字靭帯を損傷・断裂をチェックするスペシャルテストの中で、一体どれが信頼できるものなのか、をメタアナリシスを参考にお伝えします。


>>今回の参考文献はこちらです。

acl-meta-analysisClinical Diagnosis of an Anterior Cruciate Ligament Rupture: A Meta-analysis
前十字靭帯断裂をチェックするスペシャルテストについてのメタ・アナリシス(「分析の分析」のこと。複数の研究結果を統合して、色々な角度から比較する研究方法)です。

膝の前十字靭帯断裂をチェックするスペシャルテスト

このメタ・アナリシスでは、前十字靭帯の断裂をチェックするために、下記の3種類のスペシャルテストがほとんどのスポーツ現場で使われている、と示しています。まずはやり方から。

1)Anterior Drawer Test(前方引き出しテスト)

  1. 患者は仰向け。股関節は45°、膝は90°に曲げて、膝を立てた状態にする。
  2. トレーナーは、チェックしたい方の足の上に座る(=患者の足が動かないように固定)
  3. トレーナーは両手でチェックする膝を覆うようにつかみ、両手の指は膝の後ろ、両親指は脛骨粗面(=膝のお皿の少し下側の骨)に置く。
  4. 膝を掴んだ両手で脛骨粗面を前方に引き出し(トレーナーにとっては自分側に引く)、どれくらい脛骨粗面が引き出されるかを調べる。
  5. 逆側の膝(=怪我をしていない方)もやってみて、怪我をしている方がより引き出されたら陽性。

2)Lachman Test(ラックマン・テスト)

  1. 患者は仰向け。トレーナーは怪我をした膝側へ。
  2. 片方の手(=動画では左手)で膝の上(=もも)を掴み、膝を20〜30°曲げた状態で固定する(膝が伸びきった状態が0°)。
  3. もう片方の手(=動画では右手)で膝の下側を掴み、親指は脛骨粗面に。
  4. ももはしっかり固定をしたまま(もしくは若干地面側へ押しながら)、脛骨粗面を前方に(=手前に)引き出す。
  5. Anterior Drawer Testのときと同じく、逆側の膝でも同じテストを行い、より前方に引き出されたら陽性。

ラックマンテストが陽性か陰性かを判断するポイントは、上記した「より前方に引き出されたら」という点にプラスで「ゆるいエンドポイント(=Soft End Point)」というのが示されています。前十字靭帯が断裂していなければ、脛骨を前方に引き出した際、カチッとしっかり止まります。前十字靭帯がしっかりあれば、脛骨が前方にいくのを止めてくれるので当たり前ですね。もしその前十字靭帯が切れていると、真っ先に脛骨が前方に引き出されるのを止めてくれる靭帯がないため、カチッとは止まらず、なんとなーく止まるので「ゆるいエンドポイント」という表現がされています。

3)Pivot Shift Test(ピボットシフト・テスト)

  1. 患者は仰向け。脚は伸ばしたまま。
  2. トレーナーは怪我をした膝側に位置し、片方の手(=動画では左手)でその脚の足首を掴む。
  3. もう片方の手で(=動画では右手)膝を持ち、足首を掴んだ手で脚を(=股関節を)しっかり内旋させながら、伸びている膝を徐々に曲げていく。同時に、逆側の手で膝を内側に押し、さらに内旋させていく。
  4. 膝を30〜40°曲げたところで、膝がカクッとなって、亜脱臼していた状態から元の位置に戻ったら陽性。

Sensitivity(感度)とSpecificity(特異度)とは?

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さて、3種類の前十字靭帯断裂を見極めるスペシャルテストを紹介しましたが、果たしてどのスペシャルテストが一番使えるのでしょうか?それとも、3つ全部やって判断するべきなのでしょうか?

「スペシャルテストの正確性」をみる1つの指標として、「Sensitivity(日本語では「感度」「敏感度」と言うようです)」と「Specificity(日本語では「特異度」)」があります。ここで少しだけこれらの指標について触れておきます。ちょっとややこしいかもですが、知っておくと論文や研究データを見るときにとても便利な指標です。

Sensitivity(感度)

Sensitivity(感度)とは、「病気や怪我をしている人を陽性とする割合」のことを言います。ちょっとわけわからないですね。笑

少し具体的に例をあげて説明してみます。例えば「指の骨折診断テスト」というスペシャルテストがあったとして、このテストはsensitivityがとても高いテストだとします。そこに指を骨折した患者さんが来たとします。その患者さんにこのsensitivityの高い指の骨折診断テストを行うと、かなり高い確率で陽性となります。「sensitivityが高い=怪我をしている人を陽性とする割合が高い」ので。

ただ、ここからがちょっとややこしいです。

これを普通に考えたら、じゃあsensitivityの高いテストを行って陽性になったら、その人は怪我をしていると言える!という風に考えそうですね。これが違うのです。ここがわかりづらくしている原因です(最後まで頑張って読んでね)。

sensitivityの高いテストは「病気や怪我をしていない人でも陽性となる(=False Positive:偽の陽性)」が起きることが多いのです(ニセノヨウセイ。。。なんのこっちゃ。。。)。

ここからです!覚えて欲しいのは!!

Sensitivityが高いテストで陰性になったら=「病気や怪我をしている人を陽性にする割合が高いテストを使って、陰性になったら」この人はその病気ではない・怪我をしていないと断言できる!いうことになります。上の例を使うと、指を骨折したーとやってきた患者さんに、sensitivityの高い指の骨折診断テストを行って陰性となったら「あなたは骨折してませんね」と言えるということになります。

まとめると、Sensitivity(感度)の高いスペシャルテストは「除外診断」として使えるテストである、と言えるのです。

Specificity(特異度)

Specificity(特異度)とは、「病気や怪我をしていない人を陰性とする割合」のことを言います。ここでは先に結論を言います。Specificityが高いテストは「確定診断」として使えるテストです。

色々言うとややこしくなるので、こちらは簡潔に。Sensitivityの高いテストと逆で、「病気や怪我をしていない人を陰性とする割合が高いテストを使って陽性になったら、この人はその病気・怪我をしている」と断言できるテストであると言えます。

膝の前十字靭帯のスペシャルテスト3つではどれが一番効果的?

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感度と特異度についてわかったところで、3つのテストそれぞれの感度と特異度を見ていこうと思います。

ラックマンテストが一番正確

参考にした文献のメタ・アナリシスでは、ラックマンテストが一番正確に前十字靭帯の断裂を見極めた、と示しています(急性の怪我でも慢性化したものでも)。

感度は85%、特異度は94%と、除外診断としても確定診断としても高い割合を示しているテストです。

ラックマンテストは、手が小さい人がももの太い人にテストをする場合、正確に行うのは難しいだろうとあります。また、ラックマンテストを行う際一番大事なのは「膝の角度」ということも示されています。膝の角度が10°変わるだけで、false positiveを生んでしまう可能性が高くなる、ということが示されています。

急性期でなければ前方引き出しテストも使える

前十字靭帯を断裂してすぐの急性期での前方引き出しテストの使用は、感度49%、特異度58%とともに低く、怪我が起きてすぐに現場で使うテストとしては向いていないと言えるでしょう。

一方慢性期(膝に腫れや痛みがなく、筋肉によるガードもない状態)であれば、感度92%、特異度91%とともに高いです。よって、怪我をしてすぐではない状態の時に、前十字靭帯のゆるみによる膝のゆるみ(=laxity)などをチェックする際には有効なテストと言えるでしょう。

スポーツ現場ではまず使えないピボットシフトテスト

感度は24%、特異度は98%ということで、この数字だけ見れば確定診断として使えそうです。ですがこのピボットシフトテストは、陽性の場合、膝が亜脱臼することになります。

スポーツ現場でこのピボットシフトテストを行なった場合、患者は膝が亜脱臼しそうになったら間違いなく周りの筋肉がガードをしてその亜脱臼が起きないようにするため、false negativeが起きます。

麻酔がされていて意識がない場合はこの筋肉によるガードが起きないため、確定診断として使えるテストになりますが、現場で使うスペシャルテストとしては、あまり有効ではなさそうです。現場で麻酔ができる人なんてなかなかいないですからね。

まとめ

今回紹介した3種類の前十字靭帯断裂をチェックするテストの中では、ラックマンテストが、現場で怪我が起きた時にトレーナーが使用するスペシャルテストとしては一番効果的なようです。

前方引き出しテストとピボットシフトテストは、怪我が起きたその場で使用するテストとしては、筋肉のガードが起きてしまうことや膝の腫れなどにより、あまり向かなそうです。

ですがいずれにしても、それぞれのスペシャルテストを確実にできるということが前提です。特にラックマンテストはしっかり練習をして、現場で使えるようにしておきましょう!

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