私が米国公認アスレティックトレーナー(BOC-ATC)の資格を取得したのは2013年なのでもう4年ほど経ちますが、後十字靭帯断裂は1回しかみたことがありません。なので、後十字靭帯の断裂という怪我はスポーツ現場ではあまり起きない怪我だと思っていました。

ですが、どうやら後十字靭帯の断裂は滅多に起きないわけではなく、起きているけれど断裂していることに気づいていない人が結構いる、ということらしいのです。そんなことってあるの?って感じですが、本当にそうなのです。

今回は、後十字靭帯はどのように断裂してしまうのかというメカニズムと、後十字靭帯が切れてしまっているのか?切れていなくて無事なのか?を判断する際に、アスレティックトレーナーが現場で使うべきスペシャルテストを紹介していきます。


>>参考文献はこちらです。

pcl-rupture-articlePhysical Examination Tests for the Diagnosis of Posterior Cruciate Ligament Rupture: A Systematic Review
後十字靭帯断裂を見極めるためのスペシャルテストを研究した論文を集めたシステマティックレビューです。

膝のスペシャルテストについての記事は他に「膝のスペシャルテスト|前十字靭帯(ACL)編【トレーナー向け】」「膝のスペシャルテスト|内側側副靱帯(MCL)編【トレーナー向け】」があります。ぜひこちらもお読みください。

後十字靭帯断裂はどのように起こる?怪我のメカニズム

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後十字靭帯の怪我のメカニズムの話なのに、なぜ画像が車を運転してるものなんだ!と思った方もいるかもしれません。笑

ですが関係ないわけではもちろんなく、後十字靭帯の断裂が一番起こりやすいのは「交通事故(追突事故)で車が何かにぶつかった時に、車のダッシュボードに思い切り膝をぶつけた時」なのです。

この時に膝に何が起こっているかというと、膝のお皿の下にある少し出っ張った骨(=スネの骨。脛骨【けいこつ】。ぶつけるとすごく痛い骨)が、前方から何かに思い切り当たることでその骨が後方に押されると、後十字靭帯が切れてしまうのです。というのも、後十字靭帯の役割は、この脛骨が後ろ側にいかないようにする役割の靭帯だからです。

スポーツ現場で起こる後十字靭帯断裂

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それでは、スポーツをしている時に後十字靭帯を損傷・断裂してしまうシチュエーションというのはどういうものが考えられるのでしょうか。

一番起こることが多いメカニズムは、「膝を曲げた状態(=約90°)で前方に転んで、膝(正確には脛骨)を地面に強く打ってしまったとき」です。激しいスポーツ・動きの中では、「膝を曲げた状態で地面につく」というシチュエーションはたくさん出てきます。メカニズム的に考えれば、いつ起きてもおかしくない怪我と言えるでしょう。

ですが最初にも言ったように、後十字靭帯の断裂には気づいていない人がとても多いようです。靭帯を断裂して気づかないなんてことはあるのか!って感じですが、後十字靭帯に関して言うと、断裂をしても「症状があまりない」のです。

前回紹介した「前十字靭帯断裂」であれば、ものすごい痛みとともに、靭帯が切れた瞬間にブチっと音が聞こえたり、膝がすぐに腫れてきたりと、(あー、怪我したなーなんかが切れたなー)とすぐ感じる、わかりやすい反応を見せます。ですが後十字靭帯の断裂は、多くの場合痛みもなければ、腫れもあまり起こらず、しかも動ける、と目立った変化が無いのです。あるとしても(なんとなく違和感があるな。。。)くらいのようなので、普段から激しい運動・スポーツをしている選手からしてみれば、ちょっとした違和感くらいだと別に特別なことではないことが多く、つい見過ごしてしまうのです。

ですが、やはり膝関節の重要な靭帯が1つ切れてしまうと、気づきにくいとはいえ、徐々に痛みが増してきたり、腫れてきたり、なんとなくうまく動けない(=膝がしっかり安定しないような感覚になる)といった症状が出てくるようです。

放っておくと、慢性的な痛みになってしまったり、他の膝の怪我を併発してしまう、といったことが充分に考えられます。特に、上で紹介した「膝が曲がった状態で地面に思い切りついたあたりからなんか膝に違和感が。。。」みたいな場合は、必ず後十字靭帯の怪我を疑いましょう。トレーナーは、「選手の違和感」を見過ごさずに判断してほしいなと思います。

膝の後十字靭帯のスペシャルテスト3選

今回の参考文献では、10種類の後十字靭帯に関するスペシャルテストの正確性が調査されました。まずはその10種類全部の名前だけ紹介します。

  • Posterior Drawer Test(後方引き出しテスト)
  • Quadriceps Active Test(大腿四頭筋アクティブテスト)
  • Recurvatum Test(反張テスト)
  • Posterior Sag Sign(後方落ち込みサイン)
  • Varus/Valgus Test at 0°(内反・外反テスト@0°)
  • Varus/Valgus Test at 30° of flexion(内反・外反テスト@30°膝屈曲位)
  • Reverse Lachman Test(リバース・ラックマンテスト)
  • Dynamic Posterior Shift(ダイナミック後方シフト)
  • Reverse Pivot Shift(リバース・ピボットシフト)
  • Reverse Lachman end point(リバース・ラックマン・エンドポイント)

10種類のスペシャルテストの名前を挙げましたが、今回のシステマティックレビューでは、この中で実際に現場で使うべきである信頼できるテストと紹介しているのは3つでした。どれか1つだけをやって判断するのはとても危険です。以下で紹介する3つを全てやってみることで、総合的に判断しましょう。

他の7つのテストは?】 下で紹介するもの以外の7つのスペシャルテストは、その正確性を調べた研究がどれも信頼できるものではない、と結論づけています。また、これらのスペシャルテストはやり方も複雑で難しいため、使用はあまりオススメしません。

1)Posterior Sag Sign(後方サグサイン)

一番Sensitivity(=感度)が高いテストが、このPosterior Sag Signというテストでした。

「Sensitivity(感度)」と、次に出てくる「Specificity(=特異度)」については、過去の記事「膝のスペシャルテスト・前十字靭帯(ACL)編【トレーナー向け】」で詳しく解説しているのでこちらを読んでみてください。

感度が高いテストということはつまり、このPosterior Sag Signが陰性だった(=サグサインがない)場合、後十字靭帯の断裂が起きている可能性は低い、ということになります。

※実際のテストは、1:04〜くらいから始まります

やり方は以下の通り。

    1. 患者は仰向けになって、怪我をした方の膝を曲げる(股関節45°屈曲・膝関節90°屈曲位)
    2. 患者は完全に(できるだけ)脚をリラックスさせる
    3. トレーナーは横から患者の膝側の脛骨の位置を確認。膝側の脛骨が下がっていたら(=膝下に明らかな凹みがあったら)陽性。後十字靭帯を断裂している可能性があります。

足は持ち上げずに股関節45°屈曲位が個人的にはオススメ】 この動画を最後までみてもらうとわかりますが、正確にはこのPosterior Sag Signのやり方は2種類あります。一つ目は、上記した股関節45度屈曲位で足を地面につけて行う方法。二つ目が、股関節90度屈曲位で足を持ち上げて行う方法。どちらでも良いのですが、個人的には一つ目をオススメします。理由は、足を持ち上げられるとどうしても大腿四頭筋に少なからず力が入ってしまうためです(=完全にリラックスしづらい)。大腿四頭筋に力が入ってしまうと、その筋肉によって脛骨が前方に持ち上げられるため、たとえ後十字靭帯が断裂していてもSag Signが現れない可能性があります。

2)Quadriceps Active Test(大腿四頭筋アクティブテスト)

Quadriceps Active Testは、一番Specificity(=特異度)が高いテストでした。一番特異度が高かったということはつまり、Quadriceps Active Testが陽性だった(=ポジティブだった)場合、後十字靭帯の断裂をしている可能性が高い、と考えられます。

※これは陽性の動画=後十字靭帯断裂が疑われます

やり方は以下の通り。

  1. 患者は仰向けになって、怪我をした方の膝を曲げる(股関節45°屈曲・膝関節90°屈曲位)←このポジションは、上で紹介した後方サグサインと一緒です。
  2. 膝を曲げている方の足の上に座るなどして(動画では手でおさえています)、足が動かないようにしっかり押さえる
  3. 患者に「膝を伸ばそうとしてみて!」などと言って、大腿四頭筋に力を入れてもらう
  4. 動画のように、膝側の脛骨が前方に動くのがわかったら陽性。後十字靭帯断裂が疑われます

3)Posterior Drawer Test(後方引き出しテスト)

後十字靭帯のスペシャルテストに関する研究の中で、一番多く研究されているテストがこのPosterior Drawer Testです。ですが、テストの信頼度に関して言うと、それぞれの研究結果がかなりバラバラで、信頼できるテストなのかどうかはイマイチわからず結論は出せない、と今回の参考文献には明記されていました。

上記しましたが、今回の参考文献では結論として、「1つのスペシャルテストに頼ることなく、複数のスペシャルテストを使って総合的に判断することが大切である」としています。これは今回の後十字靭帯のスペシャルテストに限らず、どの部位、どの怪我に対するスペシャルテストでも同じことが言えます。

この後方引き出しテストは、信頼度についてはまだ判断がついていないようですが、「後十字靭帯の断裂」を総合的に判断するための1つのピースとして、1)簡単にできるテストであること2)上記した2つのスペシャルテストとほぼ同じポジションで行うことができること3)後方引き出しテストをやったあとそのまま前方引き出しテストもやることができる(=前十字靭帯断裂のスペシャルテスト)、という3つの理由から、やるべきテストと言えると私は思います。

やり方は以下の通り。

  1. 患者は仰向けになって、怪我をした方の膝を曲げる(股関節45°屈曲・膝関節90°屈曲位)←後方サグサイン、大腿四頭筋アクティブテストと同じポジション
  2. トレーナーは曲げている方の足の上に座って、動かないように固定
  3. 両手でふくらはぎの上の方をつかみ、親指を膝の関節上(=joint line)におく。手の付け根が脛骨の上部にくる
  4. 手の付け根で脛骨を後方に押す(ゆっくりではなく、動画のように速い動きで)
  5. 後方にシフトしたら陽性。後十字靭帯断裂の疑いがあります

スペシャルテストのみで判断しない|必ず医者の診察を受ける

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トレーナーとして現場ですぐにできる、後十字靭帯断裂チェックのためのスペシャルテストをここまで紹介してきました。ですが、これらのスペシャルテストを信頼しすぎることはよくありません。これら全てのテスト結果がネガティブであったとしても、数日経って症状が良くならない、逆に少し腫れてきている、違和感がずっと残っている、などなどの症状があるのであれば、必ず病院(=整形外科)に行ってドクターの診察を受けましょう。

後十字靭帯断裂の診断としては、MRIの撮影によってかなり正確に判断することができる、と研究で明らかになっています。

まとめ

後十字靭帯の断裂をしてしまったとしても、痛みやパフォーマンスの低下が必ず起きるわけではないようです。まぁ、それが理由で後十字靭帯断裂に気づかず見逃されてしまうのですが。

さらに、完全断裂と判明したとしても、痛みや機能低下などの症状がなければ手術をする必要はなく、リハビリで強化しつつ悪化を防いでいくことで、パフォーマンスの低下を感じることなくスポーツを続けていくことが可能です。

ですが、断裂を知らずに動き続けていれば、悪化させてしまう可能性があったり他の怪我を併発してしまったりして、結局手術をしなければいけない。。。という状況になってしまうかもしれません。断裂してしまったことを早めに知ることで、更なる悪化を防ぐための対策を取ることができます。

怪我の併発を防ぐためにも、後十字靭帯のスペシャルテストはトレーナーとして絶対に知っておくべきです。ぜひ練習してみてください。

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